- 配偶者居住権とは建物名義人の死後も引き続き自宅に住める遺贈の権利
- 配偶者短期居住権とは遺贈されなくても最低6ヶ月間は住める権利
- 配偶者居住権が認められるのは法律上の配偶者だけ
- 配偶者居住権を使うと数次相続の際の節税になる
- 配偶者居住権には問題点も指摘されている(相続トラブル、他)
不動産を取得するにあたっては、ローン契約を含む土地建物の代金支払者が名義人になります。
夫婦の一方(夫または妻)がマイホームの名義人となり、一緒に暮らしている配偶者は登記上の権利を持っていないというケースは決して珍しくはありません。
夫婦仲良く元気に暮らしているうちは問題なくても、もし建物の名義人が亡くなってしまったら、残された配偶者はいったいどうしたら良いのでしょうか。
今回は配偶者の生活を保護する目的で2020年に施行された配偶者居住権について解説します。
配偶者居住権とは
配偶者居住権とは平成30年(2018年)の相続法改正により成立し、令和2年(2020年)に施行された遺贈の権利です。
参考
残された配偶者の居住権を保護するための方策が新設されます。法務省
配偶者がそのまま自宅に住める権利
従来の法律では、世帯主の死後に配偶者が自宅を相続したことで、預貯金等の他の遺産が別の相続人の手に渡り、配偶者がその後の生活に困窮するケースがありました。
収入源がない配偶者の場合には、生活資金を得るためにせっかく相続された自宅を売却して、結果として住みかを失ってしまう可能性もあります。
配偶者居住権とは自宅建物の権利を「所有権」と「居住権」に分割し、残された配偶者が自宅に住む権利を得ながら預貯金等の取り分も確保して、その後の生活に困らないようにするためにできた制度です。
配偶者短期居住権との違い
改正相続法では配偶者居住権と同時に配偶者短期居住権という制度も成立しました。
配偶者居住権と配偶者短期居住権とは似ている言葉ですが、その内容には違いがあります。
配偶者短期居住権とは不動産の名義人が死後、遺産分割が成立するまでなどの間に最低6ヶ月間は自宅に住み続けられる権利のことです。
配偶者短期居住権を使えば、もし遺産分割協議で配偶者居住権を獲得できなくても、身の振り方を考える時間が最低6ヶ月はできることになります。
なお、配偶者居住権を行使した配偶者には配偶者短期居住権は認められません。
配偶者の死亡後は権利が消滅する
配偶者居住権を得た配偶者が、その後に死亡したときにはどうなるのでしょうか。
配偶者居住権を使って自宅に住んでいた方が亡くなった後は、配偶者居住権は消滅して自宅の権利はすべて所有権を持っている方に移されます。
このときの権利の移動は相続には当たらないため、子世帯にとっては数次相続を見据えた節税効果もあります。
なお配偶者居住権は終身が原則ですが、10年・20年などの期間を定めることもできます。期間限定の配偶者居住権とした場合は期間満了後に権利が消滅します。
配偶者居住権の成立要件
配偶者居住権を行使するためには以下3つの要件を満たす必要があります。
要件1:不動産(建物)名義人の配偶者である
要件2:被相続人単独もしくは夫婦共有名義の建物である
要件3:名義人が死亡した時点で当該の建物に居住していた
配偶者居住権が認められないケース
上記の成立要件に該当しない場合には配偶者居住権は成立しません。
具体的には、以下のようなケースでは配偶者居住権が認められなくなります。
内縁関係
上記の要件1で言う配偶者は、婚姻届を出している法律上の配偶者のみが該当します。
婚姻届けを提出していない内縁関係や事実婚パートナーには設定できません。
第三者と共有名義の建物
二世代ローンを組んで子供と共同購入した建物など、第三者との共有名義の建物は上記の要件2により配偶者居住権を設定できません。
夫婦が名義を共有している建物であれば、出資割合に関わらず設定可能です。
なお建物の種類についての制限はありません。一般住宅だけでなく住居兼店舗・住居兼事務所であっても、住宅スペースに居住していれば店舗部分・事務所部分もまとめて配偶者居住権の対象になります。
別荘・別宅
上記の要件3では配偶者が「主に」居住していた自宅のみが該当します。
別荘や別宅は「主に」住んでいた場所とは認められないため、たとえ名義人が死亡した瞬間に寝泊まりしていても、配偶者居住権の対象にはなりません。
また配偶者が老人ホーム等の施設に入居していても、その施設が配偶者の主たる居住地として扱われるために配偶者居住権は取得できなくなります。ただし入院やショートステイなどの一時的な入居であれば認められます。
配偶者居住権には登記申請が必要
配偶者居住権を法的に証明するためには法務局への登記申請が必要です。この義務は居住権を得た配偶者本人ではなく、所有権を得た他の相続人に課せられています。
第1031条(配偶者居住権の登記等)
居住建物の所有者は、配偶者(配偶者居住権を取得した配偶者に限る。以下この節において同じ。)に対し、配偶者居住権の設定の登記を備えさせる義務を負う。引用:e-Gov法令検索|民法
登記のやり方は通常の名義変更登記と同様です。必要書類や手続きの流れは以下の記事も参考にしてください。
配偶者居住権の問題点とは
夫(妻)が死んでも自宅に安心して住み続けられ、老後に必要な生活資金の確保もでき、さらに数次相続の相続税すら節税できると、配偶者居住権は良いことづくめのようにも聞こえます。
しかし実際には、配偶者居住権にはいくつかの問題点も指摘されています。
配偶者居住権を設定する前には、以下3つの問題点によるリスクを承知しておきましょう。
配偶者居住権は土地には及ばない
配偶者居住権とは建物だけが対象となる権利なため、土地には配偶者居住権が設定できません。
上記で説明した登記手続きを怠っていると、土地所有者が敷地を売却した際に居住権が主張できず、立ち退きを余儀なくされる可能性があります。
また建物の固定資産税は建物所有者と配偶者居住権を得た方が応分に負担しますが、敷地の固定資産税は土地所有者のみが負担します。土地所有者にとっては自分が住んでいない土地の固定資産税も支払わなければならないので不満を感じやすくなります。
譲渡・売却ができない
配偶者居住権は譲渡や売却ができません。そのため配偶者が老人ホーム等の介護施設に入居する必要が生じたときに、不動産を売却して資金を得るのが難しくなります。
配偶者居住権を放棄して所有者に権利を移すこともできますが、その際には所有者に贈与税が課せられる可能性があるため、配偶者のその後の暮らし方もよく見極めてから設定する必要があります。
相続トラブルの原因にも
配偶者居住権が死亡や期間満了により消滅すると、建物所有者は相続時の遺産分割協議によらずすべての権利が得られることになります。
これは数次相続を見据えた場合にはメリットですが、反面、他の相続人との間に不公平感が生じる可能性もあります。遺産分割協議の際には後々に相続トラブルにつながらないよう、慎重に検討しなければいけません。
まとめ
今回は不動産相続時の配偶者居住権について解説しました。
配偶者居住権は残された妻(夫)の生活を守るための制度ですが、いくつかの問題点もあり「配偶者居住権を使えばすべて解決」とまでは言えません。
また不動産は相続財産の中でも取り扱いが難しく、弁護士や司法書士などの専門家の助けがないとトラブルの原因にもなりがちです。
遺言で妻(夫)に配偶者居住権を遺したいと考えている方や、これから不動産の遺産分割協議に臨もうとする方は、専門家に相談するなどして配偶者居住権の是非を含めた充分な検討を行いましょう。